判定が下された瞬間、姜昇利は珍しくガッツポーズをとった。
会場の一角では、仲間たちが歓喜の雄叫びをあげている。姜の、いつものポーカーフェイスはたちまち崩れ、喜びと感動が入り混じった表情が満面を支配した。夢が実現した瞬間である。
「自分を信じて試合をしていましたが、その瞬間は信じられませんでした。朝鮮を相手に勝つなんて……。今までの人生の中で最良の日です。スロベニアは、私にとって生涯忘れられない想い出の地となりました」
三度目の挑戦だった。初出場の第13回世界選手権で銅メダル(1段)、第14回世界選手権で銀メダル(2段)、残るは金しかない。
大会前、姜は敢えて周囲に優勝宣言をした。自らを追い込むことで士気を高めたのだ。
姜昇利は順当に勝ち上がり、決勝戦で朝鮮の選手を迎えた。前回の世界選手権決勝で朝鮮に5:0で敗れているため、一瞬不安も過ったが、自分のやってきたことを信じ、試合に集中した。
そして、ついに世界の頂点に立ったのだ。いともスマートに!姜のサクセスストーリーに周囲は驚かされるばかりである。
多くのスターがそうであるように、彼もそういう星の下で生まれたのかもしれない。しかし、これまでの姜の姿勢を考えるとき、やはり運だけでは片付けられないものがある。
彼のテコンドーに対する熱き情熱と揺るぎない信念、弛まない努力あってこその勝利だろう。
「スンリはトゥルの中で戦っている。相手がちゃんと見えているんですよ。だから、決勝戦で朝鮮に勝った」
KTFJ(コリョ)チームのキャプテン、朴ソンファは、姜昇利のトゥルをそう評した。
トゥルの中で戦う。
姜の動作一つひとつの先には、仮想の相手が確実に存在し、そこで対戦者と攻防を繰り広げているのだと――。
彼のトゥルが、これほどまでに正確で力強く、説得力を持っているのかが頷ける。そういえば、世界選手権直前に行われた全日本選手権で見た姜のマッソギ。彼の試合を見ながら、何故かトゥルとマッソギが一体化しているような感覚になった。そのマッソギは、美しいほど正確で、迫力と安定感に満ちたものだった。
姜昇利が現在の段階に行き着くには、如何ほどの反復練習をしたのだろうか。並大抵でないことだけは確かである。
彼が実力を備える起点となったのは、やはり内弟子期間だろう。
3年前、当時有段者であったにもかかわらず、協会本部内弟子に志願。それは、自らの進路として生涯テコンドーの道を歩みたいという志による選択だった。
明確な目標を持つ彼にとって、テコンドー漬けの毎日は、たとえ身体が疲れようとも心は充足に満ちていたことだろう。幾度も繰り返す基本の練習、そしてトゥルの反復……。金メダルに輝いたトゥルの原点はここにあるのだろう。
「トゥルはテコンドーの根幹を成す」「トゥルを制するものはテコンドーを制す」
テコンドーの力の理論、動作の意味について深く考え、細部に至るまで追求し、自ら実践を繰り返した。その過程でトゥルが如何に重要であるか、トゥルをただ形で捉えるのではなく、仮想の相手と対峙する攻防の練習であり、そしてマッソギと一体化しているものだということを真に悟った。
世界選手権準決勝を控え、朴禎賢師範から「無心になってやれ」とアドバイスを受けた。
この言葉で、肩の力が抜けた。準決勝、決勝での姜昇利のトゥルは、まさに絶品だった。
「自分たちがやってきたことは、間違いではなかった。どの国にも勝るトゥルの技術を持っていることを自覚しました。これからもトゥルは日本、と言われるように、私たちが世界へ向けて発信していきたいと思います」
無心の境地であの素晴らしいトゥルを演じることのできる姜昇利。まさに、金メダルに値する選手である。この誇らしい選手を擁する日本のテコンドーの未来は、前途洋々だろう。
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