■黄秀一選手はその「絶対」を持っている一人で、だから世界の頂点に立てたのではないでしょうか。周知の通り、18年前、世界の錚々たる強豪たちがひしめくマッソギライト級で世界チャンピオンのタイトルを手にしたわけで……。これは世界の舞台でITF−JAPANが金字塔を打ち立てた瞬間でもありました。黄選手のいうこの「絶対」は、どうすれば手に入れることができるのでしょうか。
すべては、突き詰めて考える、問い質すことから始まるのではないでしょうか。先ほどもふれましたが、試合の勝ち負けに関わらす、試合の後に、結果だけではなく、技術、体力、試合運びなど、いま自分が置かれている状況、レベルと向き合い、問い質し、結論として出た課題をもってそれを克服するための練習をきちんとこなすこと、それに尽きると思うんですよ。
私の場合、出場2回目となる第7回世界選手権でステファン・タピラート選手(オランダ)と3回戦で対戦し、彼の総合力に深いショックを受けました。まるで子供扱いでしたから。遊ばれているかのように、自分の出す技出す技がすべてタイミングよくかわされ、絶妙なタイミングで的確に技を決められました。
屈辱でしたね。それまで蹴りには自信を持っていたので、なおさらです。自分の自信がこの相手には何の効力を持たないことに愕然としましたね。もう悔しくて悔しくて。あのときの体験は今でも頭の中で鮮明に残っています。
■15年前、会報誌「月刊テコンドー」の中で、黄秀一特集記事を取材したときも同じように語っていましたね。「ノックアウトを食らうよりも悔しかった」と。
この借りは絶対に返す。二年後の世界大会で、必ずステファンに同じ内容をもってキッチリ返してやろうと思いましたね。その一念で二年間練習してきました。
■それを果たすべき時が92年の第8回世界選手権なのですね。
はい。その年はテコンドーを始めて10年目でもあり、しかも朝鮮・平壌での大会だったので、絶対優勝したいと思っていました。
■そしてステファン選手と再戦するわけですね。
キッチリ借りは返すと思っていましたが、いざ目の前にすると、内心「やっぱり来てるのか」と思ってみたり(笑)。とにかく互角に戦って、勝っても負けても「コイツ嫌だな」と思わせたかった。
■ステファン選手とは決勝戦で相対するわけですよね。まるでドラマのようですよね。クライマックスにそんなステージが用意されるなんて!
決勝戦は身震いしましたね。ついにこの時を迎えたんだと。
■そして有言実行してしまうんですよね。キッチリ借りを返して、なおかつ世界チャンピオンのタイトルまで手に入れてしまう。このときの勝因は何だったと思いますか。
ステファンは当時あまりいないタイプの選手で、人並み以上の脚力とバネがあり、前足の横蹴りだけで力強くラッシュしてくるのが特徴的でした。予想以上に伸びてくる横蹴りが相手の見切りを狂わせてしまうんです。これと同じことをやって、彼にプレッシャーを与えました。そしてステファンよりも動く努力をしたことで、よりハードにプレッシャーをかけられたことが勝利に繋がったのだと思います。
■これはぜひとも聞きたいところなんですが、このときステファン選手は世界チャンピオンで、いわば雲の上の存在だったわけですよね。そのような相手に打ち勝つことは並々ならぬ努力と信念がないとできないことだと思いますが、黄秀一選手を支えているものは何なのですか。
自分の課題を見つけたら、それを克服するため、諦めずにやり抜くこと。自信を持ってできるようになるまで続けることが当時も今も変わらぬ自分の信条です。これは少年部時代に師範たちから学んだことで、自分の哲学にもなりました。たとえば、ひとつの技を100パーセント習得するために、徹底的に練習します。中途半端では決してダメなんです。そのように苦労しながらできるようになったときの悦びは、何にも代えがたいものです。その悦びがひとつ、ふたつと増えていくことで、やがて大きな力となり、自分を押し上げてくれるパワーの源なのだと思います。
若いころは勝ちたいという一心で練習していましたが、今では勝ち負けだけじゃなく、自分の改善点を克服したいという思いからチャレンジし、それをクリアすることに悦びを感じられるようになりました。
■目標は実現するためにある。それを体現した黄秀一選手だからこそ、すべての言葉に重みを感じます。最後に、世界を目指す選手たち、全日本を目指す選手たち、そして未来のチャンピオンを夢見るジュニアたちに向けてメッセージをください。
目指すものを見つけたら、最低限どんなことがあってもやれるという自信を身に付けるまで準備すべきだと思います。その準備なしじゃ何事も叶わないでしょう。
しかし、その準備には、面倒だと思うことがたくさんあって、少しでも気を抜けば、怠ける心が生まれたり、言い訳の材料を探したり、最後には放棄する気持ちに至ります。
そのようなマイナスの状況に打ち勝つためには、情熱を持ち続けることです。自分を信じ、自分はできるんだという思いを失わないことです。
諦めてしまったら、どんなに努力しててもその瞬間で終わってしまいます。そんなんじゃ、つまらないじゃないですか。自分が抱いた夢、その情熱を大切にしてください。
やれば、できる。そう心に念じ、努力を重ねれば、夢は必ず実現しますよ!
7年ぶりに選手復帰した第4回世界ベテラン選手権で二つの金メダルを獲得
『月刊テコンドー』に掲載された黄秀一選手の記事(1992年第8回世界選手権特集号)
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