椿にとって、国際大会に出場することには大きな意味があった。
それは自らのステップアップを図る目標値になるからだった。
「大会に向けた強化練習の過程が自分の成長を後押ししてくれるんです。だから毎回大会に参加しているのだと思います。私は目標がないと前へ進めないタイプなので、まずは一歩先を目標設定し練習する。それを達成すれば、また次の目標をつくり努力する。それをコツコツと続けていけば、大きな目標にもたどり着くことができると思っています」
そういえば以前、黄秀一師範からも同じようなことを聞いたことがある。大きな目標の中で、成長するための課題を段階的に定めて日々練習してきたこと。その目標とは世界大会優勝であり、目標は見事達成されたこと。信条と行動が実を結んだとすれば、椿にもまったく同じことが言える。
椿の競技生活は遅いスタートだった。
37歳でテコンドーを始め、四十代に入り国際大会初出場を果たしている。
2005年、オーストラリアで開催された第14回世界大会に団体チームメンバーとして選抜される。結果もよく、団体トゥル、団体マッソギで銅メダルを獲得。団体競技ではあったが、彼女にとっては最も刺激的な出来事だったに違いない。
翌年に出場した第2回世界ベテラン大会では、女子マッソギ−54kg級、トゥル1段でダブル優勝を果たした。その後も連覇を重ね、結果的に金メダル7個、銀メダル1個という素晴らしい成績を残した。
年を重ねるごとに強くなっていく。通常の概念を打ち破るためには、並大抵の努力では実現できない。いったいどんな方法で練習してきたのだろうか。
「特別なことはしていません。みんなと同じ基本的な練習ですよ。ランニングや筋トレ、バランス力強化、基本動作、トゥルの反復。年齢とともにスピードや体力が落ちたことは否定できませんが、持久力は維持しています。
若い選手にはもうスピードでは適いませんので、どのような試合運びをするのか、いかに相手を翻弄するのか。試合の流れを先取することがとても重要になってきます。
今回の大会では驚くほど冷静でいられました。今までなら、先にポイントと取られてしまうと心が動揺し、自分の試合運びができなくなっていましたが、今回は不思議なほど心が落ち着いていて、ミスがあってもそれに引きずられることなく次を待てる余裕のようなものがありました。その点が成長したと思います」
年齢による壁は身体よりもむしろ心の中にあることも知った。様々な経験を重ねる過程で行き着いた思いは、欲を捨てること。
以前までは体力の衰えを認めきれず、無理に向上させようとして身体を酷使していた。
最後の出場となった昨年の全日本大会(第22回)後には、ふくろはぎを負傷してしまい、回復には半年以上かかったという。
今までだったら、完治を待ちきれず練習してしまったであろうが、今回ばかりは現状を受け入れ、今できることをすればいいと思える境地になった。
「怪我をするには理由があります。大会を前に頑張りすぎて疲労がたまっていたと思うんです。だからパフォーマンスも当然落ちていた。最も良い状態で試合を迎えるためには、自分の身体を管理し、きちんとケアしながら練習することです。
今の私は頑張りすぎず、できる範囲でやれることをやることが大事なのだと気づきました。
だから今大会の強化練習では、良いコンディションで練習することができたので、とても充実した時間を過ごせました。
今回の経験を通して、やり方次第で長く続けられるんだということを確信しました」
第22回全日本大会(2011年東京・代々木) 3段トゥル 銀メダル 獲得 |