2015年8月27日、ブルガリア・プロヴァティフ開催された世界大会初日、日本選手団は記念すべき感動の瞬間を味わっていた。
日本代表としてトゥル4段に出場した姜昇利が、自身二度目となる世界チャンピオンに輝き、ITF-JAPAN史に新たな金字塔を打ち立てたのだ。
トゥル4段の優勝、そして個人二度の優勝は、日本代表が世界大会に出場以来、初めて出す記録。姜昇利が前人未踏の偉業を成し遂げたのだった。
優勝が決まった瞬間、日頃はポーカーフェイスの姜昇利が力強くカッズポーズを見せた。何かを確認するかのように何度も拳を握りしめながら。そして目に溢れた涙が、熱戦を語る汗と混じり合い、流れた。
「ここまで来るのに、本当に長かった」
達成感に満ちた表情で彼はそう呟いた。
初優勝を遂げたスロベニアでの大会から8年の歳月が過ぎていた。周囲からすると「もう8年」という月日の早さが真っ先に感覚を支配するが、姜にとっての8年は、長く待ちわびてきた挑戦の日々だった。
トゥルと言えば、「姜昇利」という名前が挙がるほど、日本において姜昇利のトゥルは象徴的な存在となっている。力強く、正確な動作は数々の国際大会、全日本大会で認められ、これまでに数多くのメダルを手にしてきた。
特に世界大会での成績は素晴らしい。初出場の大会(2003年 ギリシャ)でトゥル1段銅メダル、2回目の出場(2005年 オーストラリア)でトゥル2段銀メダル、そして3回目(2007年スロベニア)にしてトゥル3段金メダルを獲得しているのである。絵に描いたような理想的な成長プロセス。これもまた現在彼しか成し得てない記録と言えよう。
まさに順風満帆、良い流れの中で前進してきたのだ。しかし、人生とは必ず試練がつきもののようだ。「初優勝のときが僕のピークだったかもしれない」と自らが振り返るように、スロベニアでの金メダルを境に、姜にも試練のときが訪れる。
連覇の目標を掲げるも翌大会ではベスト8。世界で勝負することの厳しさを改めて痛感した。そして第17回世界大会(朝鮮)は日本選手団不参加、第18回大会(ブルガリア)には全日本で敗れ、出場権を逃した。世界大会を視野に臨んだ昨年のアジア大会(ネパール)ではまさかの1回戦敗退(今大会で同じ選手と対戦し、見事雪辱晴らす)。
現在31歳の姜昇利にとって、8年という歳月は重かった。だからこそ、今回の優勝は特別なものとなったのだ。
「正直、初優勝のときより今回のほうが嬉しいです。本当に待ちに待った優勝だから。これまでの努力が実ったという達成感を味わっています」
溢れる喜びの表情から今大会に対する彼の決心が垣間見られた。
ピークは過ぎたのかもしれない。そんな不安すら感じる時期もあったが、それでも彼の中にある不動の思いがここまで導いてくれた。それは姜昇利のテコンドーに対する信念、積み重ねてきた練習の日々、そして自分を支えてくれる人たちに報いたいという一念が彼の原動力となっていたのだ。
「決して絶好調ではなかった。初優勝のときとは違い、自信もなかったんです。だから今回はみんなの応援が大きな支えになりました。試合前に受け取った日本からの応援メッセージからパワーをもらい、集中力が高まったと思います。本当にありがたかった。そして何より道場の稽古生たちに、頑張った先には素晴らしいものが待っていることを、自分の試合を通して伝えたかった」
初優勝のころに比べると彼を取り巻く環境は大きく変化していた。当時はスポーツインストラクターを務めながらテコンドー指導員を兼任していたが、現在はテコンドーの指導に専念し、師範として自ら運営する道場を複数構えるまでになり、地元でのテコンドー普及に力を注いでいる。そして4年前にはテコンドーの同志でもある木村志穂副師範と結婚し、人生の転換期を迎えた。
年齢による体力的な変化は避けられないものの、むしろプラス要素が多くなった今、彼は充実した生活を送っている。良き理解者である伴侶の協力を得て、道場の運営、自らの練習に専念できる現状に深く感謝しているという姜昇利。特に道場運営では夫婦二人三脚で指導にあたり、ときにアドバイスを受けるなど、その支えを痛感している。
「たとえば少年部の指導の際、僕は礼儀に関して特に厳しく指導するほうだと思います。テコンドー精神にもあるように、人間関係の中で一番重要なものが礼儀であり、子供の頃に身につけるべきだと思っています。その信念のため、ときに厳格な一面が強く出過ぎてしまうこともある。そんなとき、彼女に助言され、それぞれの個性を尊重し、指導することの大切さについて考えるようになりました」
また、互いが選手であるため、共感しあえる点が多いという。昨秋には二度目となる海外修業を敢行、このとき、木村副師範も初めて同行したという。選んだ先はロシアでも強豪選手を多数輩出しているノボシビルスク。一週間の滞在だったが、濃密な練習を経験し、充実した時間を過ごした。
「試合にはチャンスがある限り出場したいと思っています。自分の可能性の極限にチャレンジしたい。全日本大会はもちろん世界大会でも常に成長した姿を見せたいと思っています。トゥルでは三度目の優勝を目指し、マッソギではメダル獲得の突破口になれるよう、さらに精進していきます」
中学生のころ同級生に連れられテコンドーに出会った姜昇利。友人は去り自らは残った。テコンドーの蹴りに魅了された聡明な少年は「本物」を求め、練習に打ち込んだ。高校2年で黒帯を取得し、テコンドー部のキャプテンとしてリーダー役を全う。高校卒業後、協会内弟子を志願し、テコンドー漬けの歳月を経験した。誰よりも研究熱心で、ひとすじに打ち込み、トゥルを極めたのだ。そして全日本だけでなく、世界の金メダルをも手にした。しかも二度も、である。
姜昇利はなぜ二度も世界の頂点に立つという偉業を成し遂げることができたのか。
それは、信じるものに対する揺るぎない信念、真摯な情熱が彼をここまで押し上げたのだろう。その情熱が尽きない限り、姜昇利の挑戦は続くのだ。
2012年 第23回全日本大会 MVPを獲得!
2014年 第11回世界ジュニア大会(タジキスタン)で
初コーチを務め、選手育成にも力を注ぐ
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