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STORY 人生劇場
椿 順子
(ツバキ ジュンコ/綾瀬道場/
1段/指導員)
それでも私は諦めない。
夢は実現するためにある
のだから。
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この夏、第2回世界ベテランテコンドー選手権大会で女子トゥル1段、マッソギ(54s未満)の二冠に輝いた椿順子。2年前、同じ舞台で、同じタイトルを獲得した小野里美之に続く快挙である。
優勝が決まった瞬間、彼女の大きな目から、大粒の涙がポロポロと零れた。このとき、椿の脳裏に巡ったものとは一体何だったのか。
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日本選手団のメンバーたちと(世界ジュニア・ベテラン大会) |
現在、指導員として綾瀬道場を任されている椿は、その一方でエアロビクスのベテランインストラクターとしての職務に就き、多忙の日々を送っている。じつは、彼女にはあることで驚かされている。聡明で可憐な容貌、瑞々しいイメージから想像できないのだが、なんと彼女の年齢は42歳。さらに、21歳と19歳の娘を持つ母だというのだ。
テコンドーの指導員、選手、エアロビクスインストラクター、そして母という四足の草鞋を履きながら、大きな舞台で成功を果たした。今、最も輝いている一人と言えよう。
しかし、ここまでの道のりは、決してたやすいものではなかった。
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担当するエアロビキッズクラスの教え子たちとハイポーズ |
椿は37歳からテコンドーをはじめた。現役選手としては遅いスタートだ。
キッカケは偶然でもあり、少し劇的でもあった。当時、自身の受け持つエアロビクスのカリキュラムに、格闘技の動きを取り入れるという企画があり、その対象となる格闘技を探していた。ちょうどそのとき、彼女が所属するスポーツクラブでテコンドーのクラスが始まろうとしていた。それが厳斗一師範率いるテコンドーオムスクールだった。
一期一会。まさに、そんな出会いだったのだ。
即刻入会し、厳師範の第一期門下生となった椿は、たちどころにテコンドーの魅力にはまった。力ずくではなく、あくまでスピードと身体の柔軟性を活かした独特な力の使い方に感銘し、自分に「ピッタリくる」感覚を味わった。
恵まれた身体能力と努力の甲斐あって、順調に技術を学び、念願の黒帯を取得。試合でも上位入賞の力量をつけていった。
そして、テコンドーに打ち込む真摯な姿勢、何より明るく温厚な人柄が厳師範に見込まれ、綾瀬道場の指導員に選出された。
すべてが順風満帆だった。しかし、この後、思わぬ葛藤に悩まされるようになる。
指導員として着実にキャリアを積む一方で、自らの練習時間は激減した。存分に練習し、メキメキと上達していく仲間を目の当たりにしながら、次第に取り残されていくような不安に捕らわれるようになった。もちろん生徒に教える喜び、やりがいは感じていた。しかし、選手としてまだまだチャレンジしたいという思いが強ければ強いほど焦りとなって、最後には「テコンドーをやめようか」という心境にまで陥ってしまったのだ。
諦めないことを信条にこれまで努力してきた椿が、自信を失い、放棄しようとしたとき、思わぬ救いの手が彼女に差し伸べられた。
「専門学校時代の旧友が海外へ滞在することになり、久しぶりに仲間で会おうということになったのですが、当日行ってみると、集まったのは僅か数人。そのとき、彼女(旧友)がこう言ったんです。
『ここへ来た人たちは私と会うべくして会っているのね』と。
驚くことに、その場にいた友人みんながそれぞれ悩みを抱えていました。私の悩みを聞きながら彼女は一言。
『あなたなら、きっと出来ると思われたから任されたんじゃないの』
目から鱗が落ちる感じってこういうことかな。ああ、そうだったんだ。私は過程を置き去りにしようとしていたんだ。目先のことばかりに囚われ、積み重ねてきた信頼関係やテコンドーに対する自分の思いを見失うところだった。彼女の一言が、私を救ってくれたんです」
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美人姉妹!? 私たちは親子です! |
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楽しく練習してます!エアロビクスの会員たちと |
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晴れの舞台で最高の金メダル!(第2回世界ベテラン大会) |
それからは、考え方を切り替えた。今まで練習時間がないと焦っていたことは、弱い自分に対する弁明に過ぎなかった。時間はあるものではなく、自分でつくるもの。どうやってつくり出すかは自分の工夫次第だ。たとえ、指導で練習時間がなくても、通常の練習後に残って練習し、一日のうち、僅かな間ができれば、また練習すればいい。その考えに到ったとき、彼女は変わり、その考えを実践する過程で自信を見つけた。
そして、折しも世界ベテラン大会の話を迎え、出場を決めたのだ。
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晴れの舞台、最高の笑顔!(第2回世界ベテラン大会) |
「優勝が決まった瞬間は、ただもう感動でした。これはきっと今までの努力に対し、神様がくれたご褒美なのだと思っているんです。じつのところ、日本での強化練習期間はぜんぜん駄目で、直すところだらけでした。強化練習の終盤ごろにきてやっと良くなり、監督の黄秀一師範から「随分頑張りましたね」と声をかけられ、そのときは嬉しかった。不思議なことに、ブルガリアではすごく集中できて、これはいけるんじゃないかな、という手応えを感じながら臨んでいたんです」
あのとき、放棄しなくて本当によかったと、つくづく感じている。困難にぶつかったとき、いつも誰かに支えれてきた。もう今回は駄目だという瀬戸際でも、何かが彼女を勇気付け、奮い立たせてくれた。人生という風景を改めて教えられたのだ。
「生涯忘れられない素晴らしい結果を残せたことは、恩師の厳斗一師範をはじめ、テコンドーの仲間たち、エアロビクスの仲間たち、友人、そして愛する家族の温かい応援のおかげです。みんなに、心からありがとう、と言いたい」
椿の次なる目標は全日本大会だ。前回の大会ではマッソギ3位入賞。今度は優勝というステップアップを目指している。
「自分がどこまで出来るか、今からワクワクしています。相手はみんな年下で、体力的に不利だと思われるでしょうが、私はそう思いません。練習量は誰にも負けないくらい多いと自負していますから(笑)」
今、彼女は自分の前に広がる可能性を実感している。40代でも決して遅くはない。むしろ40代の今だからこそ感じること、備わっていること、学ぶこと、伝えたいことすべてが力となり、飛躍への後押しをしてくれるのだ。
「この年齢でないと分からないこと、自分にしかできない指導法を見つけて、テコンドーの素晴らしさ、楽しさを生徒たちの伝えていきたいと思います。
今の夢は親子一緒に練習できるテコンドークラスをつくること。テコンドーを通じて親子のコミュニケーションをより深められたら素敵ですね」
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世界の選手たちとの交流も大切な思い出(カザフスタンの選手たちと) |
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マッソギ決勝戦。気迫みなぎる試合を見せた |
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トレーナーの康民峰氏と(第2回世界ベテラン大会) |
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心身ともに充実。トゥル、マッソギ二冠の快挙を成し遂げる |
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